2015/09/24

シドさんのアートに触れて

こんにちは。naomiです。

10日ほど、大阪の実家と、京都へ帰っておりました。

メインの目的は、
京都、法然院で開催されましたシド・マリークラーク氏の個展
「THE GATE IS OPEN」へ伺うこと。

9月15日の初日から、20日の最終日まで
何度も伺うことができ、感無量。

地元京都の友人、実家の両親、東京の友人たちと共に
シドさんのアートが創るスペースを体験でき、
本当にうれしく思います。

シドさんのアート作品は、
ぽーんと何かを投げかけられる
まるで波紋のようにその投げかけの種が広がって
静かに育っていくような感覚があります。

自分の奥のそのまた奥にある
繊細なコアエッセンスのスペースで
沈黙の中、育っていく感覚。

ですので、
なかなか言葉にならないところもあります。
でも、
たしかに、そこに、ある、という感覚。

今回は、私にとってスペシャルだったのは
友人たちとかけがえのない時間を過ごせたことはさることながら、
実家の両親と一緒に個展に行くことができたこと。


シドさんのアートを通じて、
シドさんご本人と対話している両親の姿が、
みるみる変化していく様。

親としてのありようから
個としてのありようへと、
一瞬にして開いてしまったときを
娘としてではなく、
これまた個として体験することができました。

これは、ほんとうに、ギフトだなあと思います。

ちょうど、個展会場へ行く日の朝、
「家族としてというよりも、それぞれが個であることへ。個としての存在を尊重してこその家族。
それってうちじゃあ、10年ぐらい前からずっとやってきたことだよねえ。」
なんて、母と話していたところ。

準備OK、いいタイミングだったのだと思います。


占星術では、太陽と月は父親像と母親像を象徴します。

私からみた父親像は私のネイタル太陽、
私から見た母親像は私のネイタル月。

自分の中にある男性性と女性性、母性と父性を
両親に投影しているといわれています。

ですが、
もちろん、父には父のホロスコープがありますし、
母には母のホロスコープがある。

投影を超えたところに、その人の本来のありようがある。


今回、「親子」というそれぞれのありようから、「個と個」というありようへと変化した瞬間が、
シドさんとの時間の中にありました。

まさに、

投影を超えたところにある、本来の両親の姿を見た瞬間だったのだと思います。

それは、
みずがめ座の太陽を持つ父の本質
いて座の太陽を持つ母の本質を見た瞬間で、

そのとき、私もおそらく、おとめ座の太陽がぐんと表現されていたのではないかと思います。

両親共に、70才を少し超えたところなのですが、
太陽のありようは、歳をとるごとに
ますます洗練されていきます。

いて座は、いつまでも好奇心、探究心旺盛な冒険者ですし
みずがめ座は、いつまでも普遍的な知性と共にあり続けようとします。

私は私の太陽を、一生かかって洗練させ続けたらいいのだと思えた瞬間でした。


本質的なありようをただ、生きる

太陽ー本質へといたる道


それでいいのだと。










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